その一言がほしかった





その一言がほしかった 





「君の手は温かいな」

ベッドの上で意味のない触れ合いをしているときにブラッドが不意に言った 。今の私は座っているブラッドに横抱きされている形だ。さきほどまでは私の髪に指を巻き付けて遊んでいたのに、今は私の指をなぞったり手を重ねたりしている。
私に触れて何が楽しいのかいまだに分からないけど、ブラッドの無茶に付き合わされるよりはよほどいい。

「そうかしら?あなたの手が冷たいだけじゃないの?」

自分ではあまり分からない。ぎゅっとブラッドの手を握ってみる。
確かにブラッドの手は私からすると冷たいとまでは言わないが、ちょっとの低く感じる。微妙な温度差が心地良い。私はよく女性たちが言うように冷え症といった苦しみを感じたことがない 。

「いや、温かい。というより熱すぎるほどなんじゃないか」
「……それ、もしかして私が冷たい女だとでも言いたいのかしら?」

俗に手の冷たい人は心が温かい人だという。つまり手が温かいというのは心が冷たいということなのではないのか 。

(失礼な)

姉さんのような完璧な淑女とはほど遠いけど、そこまで冷血な人間でもないつもりだ 。
まぁ、心が温かいとは口が裂けても言えないけれど。口も悪いし、何かあれば見て見ぬふりをする。まず本当に心の温かい人ならばマフィアの屋敷に滞在するなんてことはありえないだろう。
……人を傷つけ殺めることを生業とている人たちのもとで、そのことに目をつぶりぬくぬくと暮らす私は自分が思う以上に冷血な人間ということなのだろうか……

「君が冷たいかどうかか。……私に対してはかなり冷たいとは思うんだが?」

そんなことをつらつらと考えてる間に、ブラッドはつかんでいた私の手を引き寄せて指先に口づけた。そのままペロリと舐められ、その生温かい舌の感触に私は鬱々とした考えから我にかえる。

「うっ………それはそんな態度をとらせる、あなたが悪いのよ」

慌ててブラッドの口に触れている手をバッと引き、胸元にもってくる。
確かにブラッドには冷たく当たっている気がする。というか今さら優しく接してあげるなんて恥ずかしくてできない。

「いいや、君が悪い。私が送った服も未だにあまり着てくれないし、すぐ他の領土に遊びに行ってしまうし。それに結婚の誓いもなんだかんだとあやふやにしていないか、君は? 」
「うぅ………」

そこを言われてしまうと辛い。どれも本当のことだ。

結婚したと言ってもやはりこのエプロンドレスからブラッドのくれる服に変えるというのは、いまいち踏ん切りがつかない。今さら関係を否定する気はない(というより否定するしないどころか結婚してしまっている)が、送られる服を着るということは私にとってかなり大きな意味を持つ。
この服は私と元の世界………姉さんとを繋ぐ数少ないもの。今更元の世界に戻りたいとは言わないけれど、簡単には手放せない 。

それにそんな服を着て他領土に遊びに行ったりしたら、みんなに何て言われることか。ただでさえ、からかわれているのに。
まず第一として、遊びに行くのを止めるという選択肢はない。付き合おうが結婚しようが、交友関係は今まで通りでありたい。

最後の結婚の誓いという話は………

「それっぽいことなら言っているじゃない」

恥ずかしいけど、「好き」とかは言うようになった。今ではちゃんと自分の気持ちを認めている。でも改めて誓いの言葉なんて無理。
これが私の限界だ。

「いいや。それでは満足できない。一度はっきりと君に言ってもらいたい」

いつもけだるそうにしているくせに、今はとても真剣な顔つき。蒼い瞳が私を捕らえる。

――逃れられない

「何でいまさらそんなこと言うのよ。結婚式なんて、だいぶ前のことじゃない」

結婚初夜でも同じような話をした気がする。その時はそのまま引き下がっていたのに本当になんで今さらそんな話を。
ブラッドの目を見続けることができなくて私は少し顔をそむけた。

「仕方ないだろう、あの時は浮かれていたんだ。でも改めて考えてみると、私は愛を誓ったのに君はしていないなんて不公平じゃないか?」

いつもより早口で話すブラッド。えっ、と思いちらりと顔を覗き込んでみると目元が少し赤らんでいる。

(……ブラッドが結婚で浮かれていた?それにもしかして今照れている?)

確かに結婚の後ずっと機嫌がよかったのだが、もしかしてそういうことだったりするのだろうか。それにこんなに照れているブラッドなんてほとんど見たことがない。
かぁぁぁっと顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。下手に愛に言葉を告げられるよりも、愛されている実感がもてた。

「いいだろう?ここには君と私しかいないんだ。他の誰にも聞かれない」

顔を寄せられて秘め事のように耳元で囁かれる。普段よりもねっとりとした声が私の耳に注がれる。

(あんなに人のいた結婚式では死んでも言えないけれど、この部屋でなら………)

「私は君を愛しているよ。他の誰より君だけを。」

そっと顔を離したたかと思うと熱のこもった瞳が私だけに向けられる。一度合ってしまった目は何かの引力が働いているかのようにそらすことができない。

「私と結婚を誓ってくないか?この時計が、君の鼓動が、完全に止まるまで私と生涯を共にすると。………君がいなければ、私は生きていけない」

「……………っ!!」

その言葉に大きく揺さぶられる。
私が何よりも欲しかったもの。母さんでも姉さんでもない、他の誰でもなく“私”だけを見てくれる人。
愛する人が愛してくれる。
ずっと望んでいた。絶対に手に入らないと思っていた。それを、私は手にすることができたのだ。

視界がぼやける。

「………誓うわ。私もあなたがいなくなったら生きていけない。………だから。だから、ちゃんと最後まで責任とってよね」

恥ずかしくて、睨みつけながら言ってしまった。
でも今までで一番幸せそうにふわりと笑う顔を見ると、ぽろぽろと涙が溢れだしてしまって。

(せっかくの珍しい顔が、これじゃあ見えないわ)

拭っても拭っても、止まることなく流れ続ける涙。止めたいのに止め方が分からなくて、両手でごしごしと擦り続ける。

「そんなに擦ると赤くなるぞ」

目を擦っていた腕をつかんで引き寄せられる。抱きしめられて、子供をあやすかのように頭を撫でられた。

「……子供扱いしないで」

いつも通りの憎まれ口が私の口から飛び出す。でも私は腕を払うこともなく逆に自分から手を回して自分の顔をブラッドの胸に押し付けた。

私の上からくすりというブラッドの声が聞こえてきたが、無視して顔を押し付ける。服に目からあふれる水が吸収される感覚とともに、少し顔をずらすとカチコチカチコチという固い音が聞こえてきた。
私とは違う無機質な音。でも私にとってかけがえのない、絶対に失いたくない音 。

(ここが好き。この人が好き。
私はここで生きていく。この世界で幸せになるわ)

そう決意したとき、頭のどこかでパリンというガラスが砕ける音が聞こえた気がする。

『悲しい』という感情がなぜか心を横切ったが、温かい腕に囲まれているうちにそのこともわからなくなっていった。








NOVELに戻る