グレイと恋人といえる関係になってだいぶたった。
この世界には時間の感覚はないけれど、ともに過ごした事実にかわりはない。 久しぶりのお休み。私は今一人で本屋に来ている。 本音を言えばもちろんグレイと一緒にいたかった。だけど、いつもながらうちの(自称)偉い偉い領主様が倒れられたせいで、グレイは山積みの書類の山に追われることとなってしまったのだ。 私ももちろん、手伝いを申し込んだ。だが、 「君にはほんと助けてもらっている。この前も休みをふいにして手伝ってくれていただろう。君に倒れられたら俺の方が困る。今回の休みはしっかり休んでくれないか?」 (………やっぱり卑怯だわ) こんなこと言われたらどうしようもない。私は素直にその言葉を受けとるしかなかった。 たしかにこの数十時間帯まともな休みがなかったのも事実だ。 しかし、グレイが必死で働いているのに私だけ他領地へ遊びに行くのも気が引ける。でも、せっかくの休みなのにク ローバーの塔に閉じ籠っているのももったいない気がするし。 どうしようかと思っていたのだが、そういえば私の好きな作家の本がでるという話をずいぶん前に聞いたことを思い出した。 いつ聞いたかはだいぶ前すぎて覚えていないが、少なくとももう発売されているだろう。そう考えて、今私は本屋に来ていたのだった。 目当ての本は思ったよりすぐに見つかった。 早速帰って読もうと思った私の目に、ある特設コーナーの看板が映った。 (これなら少しはグレイに喜んでもらえるかも) そう思った私はそのコーナーまで行き、吟味した後にある本を購入することにした。 ☆☆☆ それから十数時間帯後、やっとグレイと休みがかぶった。 二人きりになれるのなんて、いつぶりだろう。 ずっとずっとずぅっっと仕事だった。もちろん好きで働いているのだから文句を言うのは間違っているのかもしれない。でも、いくら愚痴を言っても足りないぐらいひどかった。 ナイトメアがあんなに逃げだしたり倒れたり吐血で書類をダメにしたりしなかったら、こんなに休みがすれ違うこともなかったに違いない。 (―――今度絶対苦い薬を飲ませてやるんだから。) 私がそんな決意をしていたとき、 コンコン 「アリス入ってもいいだろうか」 丁度グレイが私の部屋の戸をノックした。 私は慌てて駆け足で扉まで行きドアを開けた。 「グレイ、いらっしゃ……」 だが、勢いよく言いかけた言葉は途中で途切れた。 フワッ 久しぶりだわ、この香り。 ……それと温かさ。 突然何が起こったか最初は分からずこわばったが、抱きしめられていることに気付いて体から力が抜ける。 するといきなり顔に手がかかった。 「グレ…………ぅん!?」 いきなり口づけられる。 それはキスという生温かいものじゃなくもっと奥深く、まるで食らいつくそうとしてるようだった。 もちろん初めてなわけではない。でも、まだまだ私とグレイの間にはかなり経験差がある。 まだまだ経験値の低い私の思考は、すぐに白みがかっていった 。 クチュ…チュ……… 卑猥な水音。自分とは思えない吐息の混ざった声。 それらの音を聞き、頭が真っ白になっていく。 「っん……ぅ……はぁっ」 離されたときには息もたえだえで、グレイに支えてもらわなくては立っていられないほどだった。 久しぶりの激しいキスに腰が抜けてしまいそうになった。キスで腰が抜けるなんてなんて陳腐な言葉かと思うが本当のことなんだから仕方がない。 「すまない、あまりにも君に触れられなくて気が狂いそうだったんだ。俺もまだまだガキだな」 そう言ってグレイは先ほどとは違う優しいキスを唇に落とした。 「わ、わ、私も」 恥ずかしくて目を合わせられず、目の前の広い胸に顔を隠すように押し付けた 。 「私も一緒にいるのにちゃんと話すこともできなくて寂しかった」 きっと顔が真っ赤なんだろうな…… 顔がすごく熱い。 「なんで君はそんなにかわいいんだ」 またきつく抱きしめられる。 (可愛くなんてない。あなたに何も返せていないわ……。あっ) いつもの根暗な考えがよぎって、そこでやっと思い出した。グレイにしてあげたいことがあったことを。 当初の目的を忘れるほど浮かれている自分はやはり子供だなぁと思う。 「ねぇ、グレイ。私少ししてみたいことがあるんだけど、いいかしら?」 「ん??別に構わないが、何をするんだ?」 グレイはすごく不思議そうな顔をしている。 脈絡もなくそんなことを言い出したのだから当然だろう。 「すぐ分かるから。ちょっとこっちに来て椅子に座ってもらえるかしら?」 「ああ、分かった」 私の言葉に従ってグレイは部屋の真ん中にある椅子に座ってくれた。 椅子だけはグレイが来る前にセットしておいたのだ。 私はその向かいの椅子に座る。 「グレイ、手を出してもらえる?」 「??」 またすごく不思議そうな顔をされたが、右手を出してくれた。 ☆☆☆ 実は私が買ったのはマッサージの本、それも手の平マッサージの本だったのだ。 【癒しコーナー】 私が思わず足を止めてしまったこのコーナー。マッサージはもちろん、はやりのアロマやリラックスできる音楽を紹介する本などがずらっと並んでいた。 一目見てこれだ、と思った。 グレイにはあきらかに癒しが足りていない。 いつも駄々っ子がそのまま大きくなったような大人の世話をし、いつまでたっても子供な私も気にかけてくれている。 せめて、少ない休憩時間ぐらい心から安らぐことが必要だと思う。 ――そしてその安らぎは自分で与えてあげたい。 こういうとすごく上からみたいだけど、とにかくグレイのために私の力で何かをしたいのだ。 アロマも素敵だけど、これだと私がしてあげてるという要素が低すぎる。 私が直接してあげれるとしたらマッサージだけど、たくさんありすぎてどれを買うか迷う。 肩とかかなり凝っていると思うけど、凝りすぎて私の力じゃ太刀打ち出来そうにない。 そんな風に悩んでいたとき、私の目に写ったのが『お手軽簡単手の平マッサージ』という名の本だった 。 元の世界でもクラスの女子同士でしてあげることが流行ったこともあった 。 (あれって意外と気持ちいいのよね。きっとグレイも喜んでくれるはずだわ) そんないきさつで購入したのだった。 ☆☆☆ 早速始めようとグレイの親指・人差し指の間と薬指・小指の間に私の両手をはさみこみ手を広げた、のだが…… その時点で自分の計画にかなり初歩的で大きなミスがあることに気付いてしまった。 (想像より手が堅いっっ。 ど、どうしよう!?) 大体男と女というだけで手の平にだいぶ違いがある。 それに加えてグレイは元暗殺者。しかもエースと相手ができるほどのナイフの使い手なのだ。手の皮がかなり厚くてもおかしくない。 ちゃんと考えたら分かったはずだし、というより手を繋ぐことも最近は多くなっているのに……、浮かれて気付かなかった自分が恥ずかしくて情けない。 (これじゃ、ちゃんとできるか分からない。 というか、マッサージなんて無理。私の力じゃ効かないわ。どうしよう……) パニックになっていた。 そのままいつも通りの自己嫌悪タイムに突入しまう。 ……グレイが目の前にいることも忘れて。 (だいたいグレイを自分のマッサージで癒そうというのが間違ってたのよね 。これなら音楽をながす方がましだったんじゃないの) 「いや、いっそのこと料理作るとか……」 「料理がどうした?」 (えっ…………はぁ?) 私の上から声がかかった。 「グ、グレイ」 完全に自分の世界に入ってしまってた。 「わっ、ご、ごめんなさい」 恥ずかしい。恥ずかしい。穴があったら入りたい。私はグレイの手を握ったままだったことに気付いて慌てててを離す。 グレイは目も合わせられない私をじっと見つめる。 「一体どうしたんだ。もちろん君から触れてくれるのは嬉しいんだが、さすがにいきなり目の前でそんなに落ち込まれたら気になる。」 当然の疑問だ。ただ理由を話すのはすごく恥ずかしい。 あなたのためにマッサージをしようとしました。 でも予想外に手の平が固過ぎて無理だと気付きました。 自分の情けなさに落ち込んでます。 ………言えない。言えるわけがない。 「えぇっと……」 他の言い訳を探そうとするが、この状況を誤魔化すような上手い言い訳なんてすぐに思いつくはずがない。 私が視線をうろつかせていると、グレイは私の顔を両手で挟んで無理矢理視線を合わせてきた。 「アリス」 「うぅ………」 私はこの声に弱い。聞かれるがままに今回の経緯を話してしまった。 「そうだったのか」 「ごめんなさい」 「何故君が謝るんだ?」 「だってグレイはすごく働いているのに、私のことも相手してくれて。なのに私ときたら迷惑かけてばかりで何もしてあげれてないし。私なんかあなたに釣り合わなっ…………」 勢いよく捲し上げようとしたその続きは、口を塞がれ何も言えなくなってしまう。顎を掴まれて上を向かされ、先程のキスより荒々しく口内を蹂躪される。 「んぅ、…………ん………あっ」 激しい口づけが終わった後もうまく息ができない。力が抜けてくったりと椅子にもたれかかる私の肩に手を置き、しっかり視線を合わせながらグレイは私に語りかける。 「君が俺と釣り合わないなんてそんなことはない。俺が君に釣り合わないぐらいだ」 「………は、……そんなことなっ」 「いや、そうだ。君は俺にたくさんくれているよ。今回も君が俺に何かをしてくれようとした気持ちが何より嬉しい。」 「で、でも」 気持ちだけあっても行動が伴わなければ、それはないのと同じだと思う。 「それに俺は君と一緒にいられるだけでこれ以上なく癒されているよ」 そう言ってグレイはとても優しい笑顔を見せてくれた。他の人の前では決してしない私にだけ見せてくれる笑顔。 こんな素敵な人が私の恋人だなんて夢のようだ。 「グレイ………」 今度は私からキスを送る。それもまた段々と深くなり舌を絡ませあう。 クチュクチュという卑猥な音が頭に直接響いているような錯覚に陥る。 口が離され少し潤んだ目でグレイを見上げると、金色の瞳を細め少し冷たい笑みを浮かべていた。 「君が俺を癒してくれるというなら、もっと別の方法がいい」 そう言い、グレイは立ち上がり座ったままだった私を抱き抱えてベッドに移動した。 自分はまだまだ子供だと思っている。が、この言葉の意味が分からないほど子供じゃない。 思わず残り少ない休憩時間を思い出し、時間が足りるかどうか心配してまう。 私みたいな(特に身体的には)子供を相手にして楽しいか分からないけど精一杯応えたい。 こんな風なるなんて引っ越したばかりの自分が見たらどう思うのだろうか。あんなに恋愛なんてしたくなかったのに、今では毎日幸せに過ごしている。 ………そして、そんな自分の変化を受け入れたいとも思っている。 私を変えてくれた、今一番大切な存在に告げる。 心の底から愛してる (好きや大好きという言葉じゃ、もうこの気持ちを表現できないわ) NOVELに戻る |