他人のも自分の気持ちにも不器用





他人のも自分の気持ちにも不器用





「はぁ、外にでるなど面倒くさい」


ため息をつきながら塔の階段を上っていく。
今回はルールである定期的な撃ち合いのために塔の外に出る羽目になった。ルールとはいえ、……いやルールなどなければわざわざ塔の外になんかでることはなかっただろう。
もともと他者が嫌いだし、役職のせいで狙撃されることも少なくない。強制されることがなければ、だれも好き好んで外に出ていくことはない。

コツコツコツとブーツの音が反響する。
外出好きな者であろうともうんざりするような長い階段。仕事の依頼で強制されなければ誰も上がりに来ないような長い階段のことを、私は気に入っている。
実際に上り下りするのはかなりしんどいのだが、それより利点の方が勝ってしまう。自分の性格と仕事内容、それとこの他者を拒むような作りの時計塔のおかげで、私は一人黙々と仕事を行うことができるのだ。

まぁ、最近は例外も増えてきているのだが……


ガチャ


長い階段を上りきって自分の部屋へのドアを開ける。こんなところに来るのは時計を持ってきた客ぐらいだし、わざわざ上ってきたのに鍵で時計が渡せないなどとなったら、ドア を破壊されかねない(一度実際に起こった)。なので基本的に部屋の鍵は開けっ放しだ。第一なくなって困る金目のものもない。困るのは工具や時計ぐらいだが、そこまで工具を盗むような地味な嫌がらせをしにくる輩はいないし、時計を盗んだりしたらもれなく処刑人に追われるはめになる。そんな愚か者は皆無とはいわないが、結局エースの手で返ってくるから問題はない。
何かがいるとしたらそれは仕事を伝えに来た残像ぐらいだ。

だからドアを開けたときにジュウジュウという何かを焼く音が聞こえてきたことに固まってしまった。

「あら、お帰りなさいユリウス」
「ただいま………、っておかしいだろお前。一体何をしているんだ!?」
「え、何って料理だけど??前に私が勝手にキッチン使ってもいいって言ってくれたわよね」
「そんなもの見たらわかる!!私が聞いているのは、なんでお前がここで料理を作っているのかってことだ!!!」

キッチンから出て来て、木べらを片手に私の言葉が理解できないという風に首をかしげるアリスを見て頭が痛くなってきた。



そう、存在からして例外なこの女。余所者のアリス=リデル。こいつがさっきの、最近増えた例外だ。

初めて時計塔に現れたときに追い出したはずだが、事あるごとにこの部屋に遊びに来る。追い出したときにはもう二度と顔を見せることもないのではとも思ったが、二回目の対面は追い出してからすぐ後のことであった。
「なぜ来た?」との質問に「なんとなく」と答えた彼女。だがここはなんとなくといった生半可な気持ちでやってこれるような高さにはない。他ならどこに行こうと余所者である彼女には気持ちの悪いほど手厚い歓迎が待っているであろうのに、なぜこんな偏屈な男の住む場所を訪ねてきたのやら。

薄笑いを浮かべて「あなたのことが好きかも」と言ってきたときには首根っこを掴んで放り出そうかと思った。
だが、おそらく自分では気づいていなかっただろう、どこか焦点の合わない乾いた笑顔で「人に好かれたくない」という、その言葉と表情に一瞬私は絆されてしまった。

(今ではその面影もないがな…)

一度来てもいいという許可をだしてからは、遠慮という文字を知っているのか??、というレベルで訪ねてきている。
最初は私の仕事の様子をじっと見ているだけであったのに、差し入れを持ってきて休憩にしようと誘いに来たり、挙句の果てに最近では材料を持ってきてここで料理をするようになってきていた。
別に自分に害のある話でもないから、ごり押しされたら断る理由がみつからない。だから気が付けばアリスが自分にかけるおせっかいレベルが、今ではとても高くなってしまっている。

「仕事ででかけていたんでしょう?あなたのことだから外でそのまま食事をとってくるなんて考えられないし。それなら先に作って待っておこうかと思って…。もともと今回はご飯作ろうと思っていたから」

それだけ言って引っ込むアリス。料理に戻ったのだろう。

(お前が私の料理を作るという、その前提がおかしいと言いたいんだ)

どうせそこを突っ込んだところで「あなたがちゃんと食事とってるところ見たことほとんどないから」とか、また小言を言われることが目に見えているから何も言わないが、

「お前は私の母親か……」

はぁ、とため息をつきそう呟く。
すると、前触れも気配もなく突然後ろから肩をバンバンと叩かれた。

「違うだろー!!料理を作りながら帰りを待っているだなんて、ただの新婚カップルじゃないか。うらやましいぞー、ユリウスー」
「な!?うわ、エースお前いつの間に」
「いいじゃないか、可愛い女の子が世話をやいてくれるんだぜ、こんな辺鄙なところまで。いやぁ、愛されてるね」
「あ、あい!?」

階段上って来たときにいなかったくせにお前はどこから来たんだ、とか、何が新婚だ、とか言いたいことがたくさんあるはずなのに、とっさに言葉が出てこない。

「あら、エースも来たの??」
「やぁ、アリス久しぶり!!君に会うのって明らかに城よりこっちでの方が多いよな、あはは」
「んーー、そうかしら。でもあなたほとんど城にいないし、いてもどこにいるか分からないんですもの、仕方ないんじゃないの??」
「そうかなー?まぁ、今はそういうことにしといてあげるよ」
「何よそれ」

爽やかな笑い声を聞きつけたのか、キッチンからアリスが再び顔をのぞかせた。
笑顔で話し合う二人を見ていると、なんだか複雑な気持ちになる。

「おい、そう何度も目を離して大丈夫なのか??わざわざ作ってくれたからといっても黒焦げになったものなど、私は食べないからな」
「もう、そこまでドジっ子じゃないわよ!!ちょうど今できたの。あ、エースも食べていく?私、人並みには料理できるわよ」

そういって食器を用意しだすアリス。返事を聞く前なのに、棚から出されたスープ皿は3枚。その様子をみて、さらにモヤモヤした気持ちになる。
ふと視線を感じて横を見ると、にやにやとした顔のエースと目が合った。

「いや、俺はいいよ。俺が入るとユリウス拗ねちゃうみたいだからさ」
「は?お前何馬鹿なことを…」
「俺は荷物届けに来ただけだから、はいこれ」
「ちょっ!?」

聞き捨てならないことを言われ文句を言う前に、重い麻袋を押し付けられた。

(こいつ、なぜこんな重たいものを今まで片手で持ち続けられていたんだ……)
じゃなくて

「おい、ちょっと待て」
「あんないい子、捕まえ損ねたら男が廃るぜ」
「っ!」

アリスには聞こえない大きさでそれだけ言うと、

「じゃあ、また来るよ」

エースは去っていった。


「え?エースもう出て行っちゃったの!?」

料理の乗った皿を持ってアリスが部屋に入ってきた。驚きに目が丸くなっている。

「なんだ?そんなにあいつに食べてほしかったのか?今ならあいつのことだすぐそばにいるだろう、呼んでくればいい」
「いや、別にそんなに食べてほしかったわけでも……」
「なら、いいじゃないか」
「うん……。まぁ、そうね。スープは多めに作ったんだけど、メインは二人分しか作らなかったから。予定通り私が食べちゃうわね」

そういってアリスはいつもの作業場の上に料理を運んできた。炒飯と中華スープ。
スープは後で温めなおして食べることができるから多めに作ったのであろう。量のない炒飯はエースが残っていたら自分のをあげるつもりだったようだ。
そんなことより、

「ちょっと待て。米なんてどこから持ってきたんだ」
「え?あぁ町で炊けているお米だけ買って来たのよ。ここ炊飯器もないし、あなたお米なんてロクに食べてないでしょう??仕事中だと思ってたからサンドイッチ作ろうと材料持ってきてたんだけど、あなたいなかったから」
「私がいなかったから、米料理を作ったというのか??」
「うん。だって外からの帰りだったら軽食じゃなくても食べてくれるでしょ??しっかりした食事もとるべきだもの、あなた」

基本的に食事は軽いものしか食べない。食事は自分で作ってとっているが、料理に時間かけるぐらいなら仕事をしている。だからそんなに凝ったものなど作ることはない。
最低限の栄養素さえとっていれば死にはしないのだから、そんなことに構いはしない。
最近はアリスが料理を作って出してくるが、片手で食べられるものや短時間で食べれるものばかり。仕事を優先したい私の気持ちを汲み取っての食事を作ってくれている。
だから結果的に、がっつりした食事などよっぽどのことがない限り口にしない。


「……?なぁまさか、私がいなかったからまた塔から降りて材料買いに行ってここに作りに来た、などとは言わないだろうな?」
「あ、えっと。……あははは」
「エースみたいな笑い方はよせ。お前馬鹿じゃないのか」
「……そういわれると思ったわよ。だからご飯自分の分も作ったんじゃないの。お腹空いちゃったから」

それはそうだろう。あの階段を往復するなんてかなりの重労働だ、腹も空くだろう。

「なんでそんなことしたんだ?そこまで私に気をかける理由もないだろう、意味が分からない」
「…………。ね、せっかく出来立てなんだから冷めないうちに食べてしまいましょうよ。ほら座って」

私の質問を誤魔化すように話題を変えるアリス。
でも確かに、目の前で料理が冷めていく中話するほうが愚かしい気もする。それに私も強制的に運動させられたせいで腹は空いている。遮る理由はない。

椅子に座るとアリスがスプーンを持ってきて私に差し出した。受け取ったそのスプーンで炒飯を一口食べる。

「ど、どう??」
「……悪くない」
「そう、よかったわ」

緊張した面持ちで聞いてきたアリスであったが、私の言葉を聞くとにっこり微笑んだ。
どう聞いても褒め言葉ではないと思うのだが、普通においしいと私が思っていることはお見通しのようだ。






「今度から普通に仕事しているときでも、軽食以外のものを出してくれてもいい……」
「え!?」

二人してもくもくと食べ進めていたのだが、突然そんな言葉が私の口から飛び出した。自分でも驚く。
だが、聞いているアリスはもっと驚いたようだ。

「ほんとにいいの?あ、ちゃんと冷める前に食べてくれる??」
「あぁ、その時一段落つけれたら食事をとろう」
「言ったわね、ユリウス。今度来たときその言葉忘れただなんて言ったら怒るから」

怒る、いいながらアリスの顔は笑顔にあふれていた。
なぜそんなに自分にかかわろうとするのか理解はまったくできないが、そんなことで喜ぶのならばそれでもいいかと思ってしまう。

他者が自分の空間に入り込むことを嫌っていたはずなのに。
ここまで入り込まれてしまったら追い出すことの方が面倒だ。だから……、だとなぜか自分は心の中で言い訳していた。



ご飯を食べおえ、私は仕事をし始めアリスは後片付けをする。
別の役持ちが見たら、遊びに来たアリスに何をやらせているんだと攻撃されるであろうこれが、最近では当たり前になってきていた。

「それじゃあ、また来るから。ちゃんと睡眠はとるのよー」
「あぁ」
「ユリウス、またね」

片づけが終わったアリスはそのまま、バイバイっと手を振ってあっさり部屋から出ていった。いつもならこの後私の作業を眺めてたり持ってきた本を読んでたりするのだが、今回はそれまでに時間を取られすぎたためにもう帰らないといけなかったらしい。
作業を止めると、当然部屋は無音となる。今まで自分以外の存在がいたことがおかしいはずなのだが、どこか部屋がいつもより広く感じてしまう。

来てからはぎゃいぎゃいと騒がしいくせに帰り際はあっさりしている。
だからこそ、アリスがどうしたいのかよく分からない。


「あいつにとって私は世話のかかるペットみたいなものなんじゃないのか」

ここ最近はアリスがなぜ私にこう熱心に世話を焼くのか考えていたのだが、最終的にはそういう結論に落ち着いた。
食事もろくにしない、寝てもいない。それをいかに改善するかという使命感に燃えている。
それぐらいしかアリスが自分の世話を焼きたがる理由が思いつかない。

「何が掴まえろ、だ。馬鹿馬鹿しい」

掴まえてどうするんだというのも分からない。それに、そもそも彼女はいずれ帰る存在。彼女が帰ることが決まっているのだから、この世界に愛着を持たせてはいけないし、こちらが彼女に対して入れ込みすぎてもいけない。
この世界の誰よりも、別れがくることが明確なのだから、思い入れを作るなど馬鹿げている。

アリスはいずれこの世界から消えて、元の世界に帰る。

それがあいつにとっては今でも一番の道であると思っているし、残らせようとする白ウサギや芋虫には不信感がある。
残ってしまえば、いずれあいつと同じように狂っていってしまうのだろうから。それが幸せだとも思えない。


「………。どうして私があいつの幸せなんて考えねばいけないんだ」

ふと我に返る。アリスのことに頭がいってしまって手が止まってしまっていた。
外出のせいもありいつもより仕事が溜まっているのだから、早くやらないといけないのに。

仕事に集中しているときは、他の雑音も雑念も遮断される。そういったところも含め仕事は好きだ。
だから、仕事のことだけに意識をむける。考えても仕方のないことから目を背けるためにも……




次のアリスとの対面は、仕事をし続けた結果机の上で寝てしまった私を、叱りながら起こす膨れ面だった。










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